NENOiのブログ

ここに書いてある事は店主が感じた事、考えた事を記していますが大抵のことは既に先達が書いています

そして…(再び)猫を飼う

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こんにちは、早稲田にあるカフェスペースのある本と雑貨のお店NENOiの店主です。今日は猫のお話です。

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2019年の年末に8歳になる猫を引き取ることになった。知り合いがFACEBOOKで「バイク屋さんで飼われている猫がいるのだが、バイク屋さんが閉店する事になり飼えなくなったので里親を募集している」というのが第一報で、店主の子どももまだ小さいので子猫より大人の猫の方がいいだろうと思い、引き取る事にした。ミミという名前の猫でメスだと聞いていたが実際はオスだった。

店主は小学生の頃に生後3ヶ月の猫が我が家にやってきたのが猫との生活の始まりで、その子はその後20歳まで生きた(店主に一番懐いてて店主が帰宅する時だけ玄関までお出迎えしてくれた。事切れる時も店主の腕の中で静かに息絶えた)。
その子が18歳くらいの時に、家の軒下で生まれて2週間くらいの黒猫が鳴いているのを保護し、そのまま一緒に暮らすことになった。子猫の頃はよく泡吹いてひきつけを起こしていたけれど、10歳を超えた辺りからそれもなくなり、2021年1月現在も存命で、老猫らしく実家でよく寝ている。現在18歳くらい。

そんな訳でミミを引き取った時も10年くらいは一緒にいるのだろうと勝手に思っていた。
最初の2日は部屋の隅においた金麦の段ボールから出てこず、あわや金麦と名前が変わってしまいそうなほどだった。
それでも3日目からはトイレで用を足し、ご飯も食べるようになってきた。
まだまだ警戒心は強いものの、少しずつ我が家にも慣れてきて1ヶ月が経とうとした1月23日にミミは突然死んでしまった。

出かけようと家で支度をしていた店主の脇を駆け足で通り抜けた直後、「ギャッギャッ!」とすごい鳴き声と共にドスンと音がした。

驚いて振り向いたらそこには泡を吹いて横たわるミミの姿があった。あまりの事にパニックになったが、とにかく病院と思い、持ち上げてもぐにゃりとして反応のない猫をキャリーケースに入れ病院へと連れて行ったが心臓が既に止まっており、心臓マッサージを行うも蘇生は叶わなかった。

呆然となる暇もなく号泣の数日を過ごしていたが、それでも地球は回っていて、ショーマストゴーオンな訳で家には主を無くしたケージをそのままに毎日朝お店に行って夜に帰宅をするという日々を過ごしていた。

お店と自宅の間にとある民家があって、その家では猫の保護活動をされてるようで、通りに面した窓に何枚も「里親募集」の紹介ポスターを貼っており、窓辺には保護した猫さんたちなのか色々な猫が寛いでいた。

気づけば自転車で通勤する時はほぼ毎回そこを通る様になっていた。行きも帰りもどんな猫がいるのかな?どんな猫が今里親募集中なんだろうか?と少しずつ変わる募集情報を眺めていた(今思えば結構重度なペットロスだったのだと思う)。
行きも帰りもそこで猫を眺めては電話番号を控え(メールアドレスはなかった)、それでもそこから先の一歩がなかなか踏み出せずにいた。可愛いとかまた暮らしたい気持ちよりも「また突然死んでしまったらどうしよう?」という恐怖が強く、スマホに番号を打ち込んでは閉じるを何回か繰り返していた。
そんな悶々とした日々を過ごしていた6月半ば、知人から「千葉の方で自宅のガレージで子猫を保護した人がいる。その人の家では飼えないから飼い主になってくれる人を探している」と連絡があった。

子猫の写真を見たらもうダメだった。

けれど、新型コロナウィルス感染拡大の最中、千葉の方まで引き取りに行くのは難しいと諦めていた。

そしたら保護した方が車でこちらの家まで連れて来てくれる事になり、そこから事態はトントンと進み7月1日にその子猫は我が家にやってきた。
幸い、人懐っこい子で初日から膝の上で仰向けでぐーぐー寝る様な子だった(子猫はほんと熟睡します)。
一部に疥癬みたいな皮膚炎があったり、ギョウ虫がいたり、鼻水出まくりだったりしたけれど活発な子で家の中をちょこちょこと歩き回る恐れ知らずな子だった

その子が家に来ると出しっ放しだったケージも「子猫には大きすぎる」即座にしまわれるなど、どこか滞留していた家の空気がどんどん回りだした様な気がした。
それでも、1ヶ月がすぎるまでは帰宅したら死んでるんじゃないかと毎日ドキドキしながら家のドアを開けていた。
子猫はそんなこちらの気持ちなど一切に気にかける事なく、セナという名前を付けられ、無邪気に紐という紐を噛みちぎり、日々家の中を駆け回り、避妊手術も無事に終え、生後10ヶ月位を迎えすっかり大きくなった。

セナを引き取って少ししてから、声かけてくれた知人が「ミミちゃんがいなくなった後のケージにお子さんが入っている写真を見かけて、これはまずいと思って声かけた」と話してくれて、ミミちゃんが繋いでくれた縁であったという事を知り、1ヶ月という期間の短さに関係なくその存在の深さを感じた。 

気づけばミミちゃんが死んでから1年が過ぎていた。

セナは今日も元気に紐で遊んでいる

 
今日のタイトルはこちらから。 

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後、ミミちゃんがいなくなったとき一番心に響いたのはこちらの本でした。

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