こんにちは。早稲田にあるカフェスペースのある本と雑貨のお店NENOiの店主です。
先日『ぼく』という絵本を紹介しました。
その時まであまり知らなかったのですがこの絵本はテレビでも取り上げられた事もあって結構話題になっているようです。特徴的なのは賛否が入り混じり、一部界隈では侃侃諤諤の議論になっているようです。
というのもこの『ぼく』は自死をテーマにしている絵本で、その表現方法、編集部からの最後の一文も含めて多くの方が気になってしまう作品なのだと思います。
じゃあ、これが絵本として問題で、子供に読ませるべきではないかと言われると店主はそんなことはないと思います。では「自殺防止キャンペーン」などで配布されるような絵本かというとそういう内容でもないと思います。
この絵本では比較的フラットに「自分で死んだ」ということが示されます。したかったこと、なりたかったことをできないまま死んだという事がただ示されます。紹介でも書きましたが読者には「問いかけ」を送っているような作品だと思います。
この絵本を読みながら自分も小さい頃「死」というものに惹かれたり関心を持った時期があった事を思い出しました。『完全自殺マニュアル』とか読んでみたり、アニメとか映画とかよくでてくる、自分を犠牲にして誰かを助けるキャラクター(ガンダムのスレッガーさんとか、ゴジラの芹沢博士とか銀河英雄伝説のキルヒアイスとかとか)のヒロイズムに陶酔してしまったりと「死」ってもしかしてかっこいいのでは?と倒錯した感覚。
そういう思いを抱いていた時にこういう「自死」について比較的フラットに描かれた絵本を読んでいたらどう思っただろうか?したい事が出来なくなる事について平気でいられただろうか?
でも同時に本能に抗って「死にたい」と思うくらいまでに思い詰められている時にこれを読んでいたら?この絵本はとても危うくて、死に魅入られてしまうのではないかとも思いました。
決してこの絵本は「死ぬ事」をいい事のように描いていません。けれど読み手がいつも描き手の意図した通りに受け取るとは限りません。なので編集部からの一文は絵本そのものからすると「野暮」なのかもしれませんが必要なものだと店主は思います。
美しい絵という部分が「死んだことの美化」につながるのではとも少し思ったりもしましたが、ではおどろおどろしく描くのか正解なのか?と言われるとそれもまた違う気がします。
5歳になる自分の子どもに読ませるか。と聞かれたらこちらから読ませることはしないけれど、読みたいと言ってきたら一緒に読むとは思います。
でもそういう事ができるのもミミちゃんという猫がわずか一ヶ月いなくなってしまった事をこの子も経験してるからからかもしれませんし、また店主自身も友人の喪失を経験しているからかもしれません。
今回一部界隈でではあるかもしれませんが、ここまで議論になっているのはこれが「絵本」だからだと思うのですが、絵本だから「自死」というテーマを避けましょうというのもまた違う気がしています。
ところで『ぼく』は「闇は光の母」という死をめぐる絵本シリーズの一冊なのですがこの「闇は光の母」というネーミングには唸ります。