NENOiのブログ

ここに書いてある事は店主が感じた事、考えた事を記していますが大抵のことは既に先達が書いています

リコリスの味はどんなだ?

こんにちは。早稲田にあるカフェスペースのある本と雑貨のお店NENOiの店主です。

今日は先日観てショックを受けた『リコリス・リコイル』というアニメについて書いてみたいと思っています。
というわけでこの先、本作のネタバレとかなり批判的な内容が続きますのでネタバレ、批判的なレビューは目にしたくないよーと言う方はそのまま本ページを閉じてください。

あとここに書いてあるような事は目新しいことは何もなく、多分すでに他の方にもっとスマートな文章で指摘されてると思いますが店主が勝手に感じたことなのでそのままだらだらと書いてみます。

 

リコリス・リコイル』がどんな内容のアニメなのかというと、冒頭でどんな世界かをモノローグで語っており、それに近い表現で語るならば『女子高生が「平和で安全で綺麗な東京に住む規範意識の高い日本人の生活を脅かす社会の秩序を乱す存在を消して消して、もともと危険なんてなかったことにする」ためにDAという組織に属するリコリスと呼ばれる存在となって秘密裏に人を殺して回る世界』を描いています。

主人公の千束はリコリスとしてとても優秀ながら遊軍のような存在にあり、喫茶店の店員をしつつ、どこからかくる依頼に基づき要人の警護やターゲットの排除を行っています。また他のリコリスと異なり実弾を使わず非殺傷弾を使用し人を殺さないはみ出しものというポジションにいます。
この喫茶店自体はDAからは独立しているようにも見えるのですが支部扱いとなっているようで基本的にDAからの指示には従っています。

そこにDAの任務で独断行動をとったもう一人の主人公たきなというリコリスが喫茶店に左遷されたところから物語は始まります。

リコリス達や「才能あるものを支援する謎の組織」アラン機関、また真島という人物が中心となって行うテロルが絡み合ったストーリー。

 

なのですが、、、制作された側が意図してなのかわからないのですが、日本の現状を詰め込んだような内容になっていて本当に「なんだこれ」となってしまいました。
設定の甘さみたいなのも正直感じられるのですがそういう事よりも、なんでそんなに日本の現状との相似のような設定にしているのかと気になってしまった部分を中心に書いていきます。

まずDAという組織なのですがたきなが左遷されるきっかけとなった「独断行動」の原因はミッション中にDAの司令部のサーバーがハッキングされ、一時的に連絡が取れない状態に追い込まれていたからなのですが、そのハッキングされた事実を隠蔽し現場(つまりにたきな)に責任を押し付ける。
その結果、司令部のサーバーの脆弱性は見直される事もなく、その後もハッキングを受けることになる。

また物語の終盤、DA上層部からリコリスの”処分”つまり殺害が命じられるのですがそれまで散々DAの指令により「日本の安全を脅かす存在」を殺してきたのに自分たちが粛清される側にまわると『マイノリティーリポート』のトム・クルーズよろしく指令に抗い自己の延命(この場合は組織の存続)を図るということを始め、硬直化し自己の責任を認めない巨大組織という様相を呈しており、それが自称「日本の安全を守っている」という恐ろしい状況に。

さらにいうとリコリスに指示、命令を行う部署はほぼ女性で構成されているのですが、そこでリコリスを処分する命令を出す上層部はヒゲのおっさんで実働部隊はリコリスの男性版と言われるリリベル。
男が女の上にあって力で押し潰そうとするという構図まで出現しています。

加えてリコリス達は身寄りのない女子を引き取り訓練しているわけですが戸籍もなく、その活動内容や、たきなのふるまいからすると一般社会とは基本隔離された場所で殺しの訓練をさせられており、上層部の「処分」という指示にみるまでもなく女子をもの扱いしていることが感じられます。その他にも学校とかどうなっとんのやとかごにょごにょ。。。

じゃあ作中登場する他の組織などはどうなのか?といえば”アラン機関”と呼ばれる「あらゆる才能を持つ人を支援する」謎の機関があるのですが、「才能を持つ人」のみを支援するって「選択と集中」とか言い出した日本社会のロマンが詰まったような機関じゃないですか?
その才能判定はどうやっているのか?となるわけですが、そこには触れられず、支援する才能はなんでもよくピアニストもいればゴルファーもいるし、外科医などには秘密裏に人体実験の機会を提供したり、殺しの才能をあるものにはその才能を発揮できるように取り計らったり、何の才能なんだかは謎ですがテロを引き起こす真島には銃器の提供を行うまでしています。

社会貢献も反社(定義できないことが最近知られるようになってます)も関係なく行う秘密組織にどこが資金提供するのかな?と砂上の楼閣のような組織。
その一方で凄腕のハッカーとして既に才能を発揮している人は支援しないとかふわふわしてて「選択と集中」のふわふわした感じによく似てるなぁなどとひとりごちてしまいます。

才能の発掘がそんな簡単にできたら野球のスカウトの人たちも苦労せんよなぁ。とかピアニストは別の候補者を貶めたりするのかなぁ?殺しの才能って時代に応じて求められるスキルも変わると思うのですがどこか揺るぎないものがあるのかなぁ?とかぶらぶらぶら。

そしてリコリス達と敵対する真島はリコリスのような存在を異常だとしその異常な「バランスを正す」ためにリコリス達の存在を表に晒すという事を言い出し行動を起こすのですが「バランスを正す」以外特に考えはないようで何ともふんわりした理屈だけで動いています。

筋の巧拙は脇に置くとして最終的に一旦テレビやSNSなどで表に晒されたリコリスという存在は「とあるイベントのためのプロモーション映像でした!」ということにして隠蔽され一部の人に疑問を指摘されつつも再びなかったことにされてしまいます。

そして千束は自分が人を殺さずに生き続けていられるのは他のリコリスなどが殺しているからに過ぎないのにDA、アラン機関、真島とそれまで同様に存続したままの世界でハワイでバカンスという「現場は苦労していて大変だけど上澄みだけは綺麗で楽しいよね!」とでもいいたくなるような描写で物語は終わります。
「いざこざもあったけど悪いこととかはもう終わった事だし、ね?(察してね)」みたいなそれまでのメインとなっていた場所からポイントをずらして終わらせる感じもまた死んだら(終わったら)みんないい人みたいな日本的だなぁと思ったりしました。

ちなみに平和を守るために秘密裏に人を殺して回るリコリスに女子高生が選ばれる理由は「一番目立たず街に溶け込める」からという設定なのですが、一番目立たないのは老年に入っている方達だと思うのですよね。超高齢化社会ですし。平日の昼間に女子高生が要人警護とかしてたらめちゃくちゃ目立つと思うのです。
もはや「ラブ&ポップ」の時代でもないのに今だに女子高生への幻想が過ぎるというかそんな印象も正直少し抱きました。
ただ未見ですが『ライブライブ』など女子高生を主人公にしたアニメも多く、女子高生を主役に据えることで映えとかとっつきやすさとかを意識したのかなとも思っています。そういう事もまた日本の現状を写しているといえば写していると思いますが…。

なお、作画のクオリティーは高く、アクションシーンなどは大変見ごたえがあり、人気があるのもわかる一方でなんだかプロパガンダみたいなもん見せられたなという印象も拭えない店主でした。