NENOiのブログ

ここに書いてある事は店主が感じた事、考えた事を記していますが大抵のことは既に先達が書いています

タカシくん

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またやっちまった。
3本目のタバコに火を付けながらタカシは思った。
タカシは今年3件目となる職場の中華料理屋で、コック長(つまり店長)と喧嘩して店を飛び出したばかりだった。

どうしていつもこうなっちまうんだろう?
俺だって一生懸命にやっているのに。
どこにいっても、結局ゴタゴタを引き起こしちまうんだ。

良くないことは続くもので、落ち込んだりしたとき自然と足が向いてしまう多摩川もタイミングの悪い事に今日は日曜でBBQやら乗馬体験会などで騒々しかった。
タカシは自分とは関係ないところで展開されているそれら喧騒をどこ見るとなしに眺めていたが、それらが本当に自分と全く関係してない事に突然のように気づいて、まるで自分が社会から無視された存在のように感じた。

まるで俺は社会から無視された、虫。

などど愚にもつかない駄洒落が思い浮かんではさらに落ち込んでしまう始末。
当然元気になるはずもない。

途中コンビニで買った水も既になく、余りのまずさで途中で食べるのをやめたコンビニ弁当の残りが初夏の日差しで温められたせいで、もあっとビニール袋から臭ってきて、タカシはさらにげんなりした。

何やってんだろうな俺。

とそこへ突然携帯電話が振動し、着信を知らせる。
ハッと我に返りタカシは慌てて電話に出た。

「タダシか?」

店長だった。タカシは着信先を見ないで電話に出た事を後悔した。

「・・・・いや違います。タカシです。」
「!!・・・・そうだった。タカシ、どこで油を売っているんだ。もう仕込みの時間だぞ。とっとと戻って来い。」

店長の余りの意外な言葉にタカシはしばらく言葉を無くした。

「いや、でも俺クビじゃ・・・・」
店長はタカシが全てを喋り切る前に
「寝言は家に帰って寝てから言え。いいからとっとと来い。今日はヨンさんもお休みでこちとら猫の手でも借りたいくらいなんだ。」
「・・・・」
「お前はこんな中途半端な状態で放り投げてすっきりするのか?いいか原因はお互いの中華を愛するが故の行き違いなんだ。確かにそこは譲れない部分もあるが、それ以外の点では私はタダシを評価しているんだ。だから戻って来い。」
「・・・・・タカシですって」
「!!・・・と、とにかく、早く来い。待ってるぞ。お前にしてもらいたい仕事はたんとあるんだ。」

実の所、タカシは名前は間違えられたものの店長の思いもかけぬ言葉が嬉しくて上手く言葉を紡げずにいた。
そして

「わかりました。今から戻ります。でも店長一つだけ言わせてください。」

「やっぱ、酢豚にパイナップルはいらないっすよ。」

そう言って電話を切った後周りを見回し、ふとここにいる人たちの何人かは帰りにうちの店に夕飯でも食いにくるかもなと思った。

そしたら飛び切り美味いチャーハンご馳走してやるよ。

と小さく呟きながらタカシは自転車にまたがり、べダルにかけた足に力を込めた。

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【追記】
こんにちは。
早稲田にあるカフェスペースのある本と雑貨のお店NENOiの店主です。
noteは月1回くらいの更新でいけたらと思っていたのですが、先日『夢中さ、きみに。』という漫画を紹介した際にふと「この本の中に酢豚にパイナップル」という事が出てくるお話を昔店主も書いたなと思い出し、思った以上にあっさりと発掘できたので今回引っ張り出した次第です。2007年5月に書いたもので、写真を撮った際にふと思い浮かんだスケッチのような架空のお話です。
こういう創作も楽しんでいただけるようなら余裕のある時にでもまた投稿します。